ナ・バ・テア〜none but air〜
著者:shauna


セレナとミーティアは裏庭の温室でお茶を飲んでいた。王宮の契約農家から取り寄せるその紅茶の味はまさに絶品なのだが・・・・
カップの中身が半分以上無くなっているセレナに反してミーティアは少しも飲んでいなかった。
「ミーティア。ホントにごめんね。」
「もういいよお姉ちゃん。どうせ、今日は城下には出られないんだし・・・」
そう言うミーティアだが、言葉の端に棘を感じるのは気のせいだろうか?いや、ひどく単純に落ち込んでいるのだ。それはそうだろう。
彼女自身が一ヶ月前に城下に家出した頃からなんとなく彼女のテンションが高かったが、おそらくは城下で催される魔術祭に行きたかったに違いない。
そんなに楽しみにしていたのに行くことが出来ないのだから、辛いに決まっている。
「なんでなの・・・これじゃまるで逆シンデレラじゃない。城下に行きたいのにミーティアは意地悪な義理の姉に苛められて城下のお祭りに行くことができません。」
「えぇ!?ちょっとミーティア!!その姉ってもしかして私!?」
「あ〜あ・・あの時お姉ちゃんにさえ見つからなかったらな〜・・。そうすれば今頃手ごろな闘士見つけてお金かけて勝負して勝ってそのお金でホットケーキでも食べながらお祭りの用意見てたはずなのに・・。」
うっ!・・・一理あるだけに痛い。
「あのね。私だって好きでこんなことしてるわけじゃ・・。」
「どっかに魔法使い、いないかな〜・・・あたしをドレスからみすぼらしい服に着替えさせて茄子の馬車で城下に連れ出してくれる魔女。アバタケダブラ〜って・・。」
「いろいろ突っ込み所満載だけど・・・とりあえずアバタケダブラってこの前読んだ小説に出てくる一撃で人を殺す禁断の魔法だった気がするんだけど・・。」
「お姉ちゃんのマーマレード。」
「えっと・・・えっと・・・ごめん“どういう意味?”」
ミーティアはカップを机の上から避けてついにそこに突っ伏してしまう。
もちろんセレナだってミーティアが客人を出迎えている時にあれやこれやなんとかミーティアが城下に行ける方法を考えた。でも、いくら考えてもそれは無理な話だった。
そもそも魔術祭は今夜6時半から11時まで行われるのだが、その時間は城の舞踏会と丸被りする。そして、この舞踏会を主催する王族は全員が出席しなければならない。
パーティーの主催者が欠席すればそれこそ最大の失礼に当たってしまう。
こればかりはどうしようもない。違う場所に同時にいるなんて不可能だ。それこそ時間でも操らない限り。
それに今日の舞踏会には聖蒼貴族の二名も参加するのだろう。聖蒼貴族が居て王族が居なくて彼らを怒らせでもしたら・・・・。
噂話の伝染は早い。「スペリオル聖王国は王族の欠席という最大の粗相で聖蒼貴族を怒らせて帰らせてしまった。」なんて話が広まればこの国の栄誉は完全に失墜してしまう。
「ミーティア。来年こそは私が連れてってあげるから、今年は我慢して。来年は一緒に行けるようにお父様に相談するし、夜店で何でも買ってあげるから・・。」
・・・・・ミーティアは答えない。それはそうだ。一年も待てというのがまず間違っているだろう。でも、他に方法は無いし・・・
 「セレナ様。」
 城の方から文官が呼ぶ。
 「近隣の貴族がそろそろ到着なさいます。出迎えの準備を・・・」
 「わかりました。」
 セレナはその呼びかけに応じて席を立ち、
 「じゃあ、ミーティア。今日だけは逃げちゃだめよ。」
 そのまま文官と共に城の方へと消えていった。
 「はぁ〜・・・」
 ミーティアが溜息をつく。
 お姉ちゃんにアタっても何がどうなるわけでないことは分かっている。だけど仕方がないのだ。どこかにハケ口を作らなくては泣きだしてしまいそうで・・・せっかくした化粧もはがれてしまう。
 「ミーティア様。どうなさいました?」
 「うるさい。ほっといて・・・。」
 いきなりした声にも全く動じず、ミーティアは静かに答える。
 女性の声だからメイドか何かだったら流石に今の喋り方は不味かったかもしれないが、今はそんなことはどうでも良かった。
 まあ、流石に一言ぐらい謝っておいた方がいいかもしれない。
 そう思い顔を上げた所で、絶句した。
 冷汗がダラダラ垂れてくる。マズイ・・・非常にマズイ。相手はメイドなんかじゃ無かった。フェルトマリア卿。・・・・
 打ち首?獄門?お家取り潰し?先程までの嫌な想いなど全て忘れ、最悪の妄想が脳内を駆け巡った。
 「あぁ!!ごめんなさい!!ちがうんです!!あたし!!」
 「お気になさらずに・・・落ち込んだ時の私よりは遥かにマシですから。」
 この女聖人君主か?私にはとてもそんな切り返し思いつかない。
 「まあ!紅茶ですか?」
 「え?」
 ミーティアがテーブルを振り返るとそこには飲み残しの紅茶の入ったカップとティーポットが置かれていた。
 「あぁ・・よかったらお飲みになりませんか?王宮内でも最高級のお茶ですよ。」
 「よろしいのですか?」
両手を合わせてシルフィリアが喜ぶ。クソッ・・いちいち動作まで優雅で可愛いなコイツ。
 「ええ、構いませんよ。」
 ミーティアはそう言うと自分の一口も口を付けていない紅茶がまだ温かいのを確認して先程までセレナが座っていた席に出した。
 「座っても?」
 「ええ、どうぞお座りになってください。」
 シルフィリアが優美にローブを揺らして座り、目の前に出されたティーカップを持つ。もちろん受け皿ごと。そして、まず受け皿に少し紅茶を垂らしてそれを舐めるように啜って飲み味を確認する。古式ゆかしい伝統的かつ最上級の紅茶の試飲方法だ。
 同時にミーティアの背中をねっとりと嫌な感覚が這う。
 紅茶の味は間違いなく問題ないはずだ。というよりも、おそらくそこいらの店で買ったものよりもよっぽどおいしいことは間違いない。
 そして、紅茶通ならきっと、その茶葉のことが気になって名前を聞いてくるはずだ。
 お願いだからこの紅茶の名前を聞くのだけは勘弁してほしい。
この紅茶。もちろん名前があるわけだが、その名前があまりにイタいのだ。
出来れば聞かないで欲しい。この紅茶の名前だけは・・・
「素晴らしいですね。ベルガモットの香りが何とも味わい深いです。アールグレイのようですが、これは何と言うリーフを?」
 「王宮直営農家のモノです。」
 「なるほど・・道理で味わったことのない物だと思いました。」
 よし!上手く交わした。しかし、安心したのも束の間。
 「名前は何というのですか?」
 「え?」
 最悪だ・・・シルフィリアが繰り返す。
 「この紅茶のリーフです。王室御用達と言うぐらいなのですからさぞかし立派なお名前なのでしょう?」
 ああ・・頼むから無駄にハードルを上げないでくれ・・
 頭を抱えるミーティアをキョトンとした目でシルフィリアが見つめる。そしてついにミーティアが覚悟を決めた。
 「ミー・・アの・・わ・・・」
 「え?」
 「ミーティアのひまわり笑顔」
 ああイタい。小さい頃、お父様が紅茶の名前を考えている際に「アタシの名前つけて〜」なんて言ったばっかりに・・・
 流石のシルフィリアも顔を伏せて肩を震わせていた。
 「そこ、笑うな!!」
 ガタンと席を立ち、相手を指さすという王女らしからぬ行動で怒り心頭する。それに対しシルフィリアはついに声を上げて笑い始めた。
 「いいじゃない!どこの国でも王族の名前を付けた紅茶なんてあるわよ!それがたまたま私なだけで・・確かに付けてって言ったの私だけどでも!!」
 「すいません・・・そうじゃなくて・・・・」
 笑うのをやめてシルフィリアはミーティアに向けて微笑む。
「やはり素のあなたはそちらでしたか・・・」
「え?」
「どうにも話し方や礼節に無理を感じましたので、演じてるのかと・・・」
  一言で言えばキョトンだ。
 「王女たるもの常に礼節を弁え、指先一つの動きにも気を配って行動せよ。」
 「・・・」
 「フェルトマリア家も同じです。他にも“怒ってはならない”とか“憎んではならない”とか“恋愛してはならない”とかいう掟がいくつかありましたけど・・。」
 「恋愛も!?」
 「守ったことありませんが・・・」
 シルフィリアがクスリと笑う。まあ、当然だ。おそらく政略結婚しやすくするための掟だろうが、自分だったらそんなのは絶対に嫌だ。う〜ん・・なんか親近感が湧いてしまう。
 「じゃあ、いつも通り喋らせてもらうけど、ならあなたも敬語なんかやめてよ。堅苦しいのはお互いに無しで。」
 「いえ、私はいつもこんな感じですから。こっちの方が楽ですから、このままで・・。」
 根っからのお嬢様ということか・・・チッ・・なんか負けた気がする。
 「それで?何故あんなに落ち込んでいたのですか?」
 「えっとですね・・。」
 もうこうなったらお友達感覚で何でも話してやろうと思った。ドローアもどこかに出かけていないし、ガールズトークできる話相手も欲しかった所だ。
 「実はさ・・。」
 ミーティアはシルフィリアにありのままを離した。城下の祭りのこと。そこに行こうとした時に運悪く姉に見つかってしまったこと。今日の舞踏会のせいで祭りにはいけないこと。そして一番強調したのがその祭にどうしても行きたいこと。
 すべてを言って少しスッキリした。
 「ね!酷いでしょ!!」
 「そうですね・・。」
 「舞踏会なんかつまんない!好きでも無い男と社交辞令でクルクル踊って何が楽しいの!?それより魔術祭の“紅球烈蹴波のサッカー”とか“バブルボム・サークル1000連発で作る花火”とか“ロイヤル・ガーディアンズのパレード”とか見たかったのに!!それもこれも聖蒼貴族がいきなり来るなんて言うからぁ!!」
 散々に言っおいて今さらだが、ここで初めて自分がどれだけ失礼なことを言っているのかに気が付いた。よくよく考えてみれば「お前らが来たせいで私は舞踏会に出席できないんだよ!」と言っているようなものである。
 「すみません。」
 シルフィリアが緩やかに謝る。
 「いえ!こちらこそ・・・なんか愚痴と文句ばっかで・・。」
 ミーティアも流石に反省した。
 「では、連れて行ってあげましょうか?」
 「え?」
 シルフィリアの言葉にミーティアが驚愕する。
 「でも・・」
 「確かにいくつか難しいことはありますが・・・不可能ではありません。」
 シルフィリアが口元に企むような笑いを含む。
 「2ヶ所に同時に存在するのは時間を操作せずとも可能なのですよ。」
 そう言ってカップを置き、瞳を閉じて席を立つ。
 「魔術祭は何時からですか?」
 「六時半からだけど・・。」
 「では私の貴賓室に五時半に来てください。ああ・・それと・・。」
 シルフィリアがニッコリと笑う。
 「御馳走さまでした。」
 そう言ってシルフィリアが振り向こうとした瞬間だ。
 「ミーティア。ちょっとお客様の出迎えを手伝ってくれな・・」
 後ろにセレナが居た。
 「シルフィリア様・・・」
 セレナが一礼する。それに対し、シルフィリアは・・。
 「・・・。」
 無言。一応立場がシルフィリアの方が上なので失礼には当たらないのだが、なんか彼女らしくない。
 そして・・静かに開いた瞳に宿っていた光をミーティアは見逃さなかった。先程まで見ていたサファイアのように美しいセレナと同じ青の瞳。でも今はそれが研ぎ澄まされた氷柱のようで・・多分、直接睨まれたら蛇に睨まれた蛙どころではなく、冷汗の量が尋常では無くなっていただろう。もちろん、一瞬で元の優しい瞳に戻ったが・・。
 「では、ミーティアさん。御待ちしてますね。」
 シルフィリアはそう言うとセレナの方を見もせず、最高に無礼な態度でさっさと貴賓室の方へと戻ってしまった。
 ミーティアは急いでセレナの元に行く。あの瞳に睨まれたのだ。セレナはその場に崩れ落ちていた。呼吸も荒く、心臓の鼓動がとてつもなく早いのか利き手を胸に当てている。
 「お姉ちゃん。大丈夫!?」
 「ええ・・大丈夫よ。」
 セレナはそう言って無理矢理笑った。本当はとてつもなく辛いはずなのに・・。
 「フェルトマリア卿。優しい人かと思ったけど・・・どうしたのかな・・。お姉ちゃん。たまにはガツンと言ってみれば?あの人、身分とか気にしないみたいだし・・・。」
 「いいのよ・・」
 「よくないよ!せめて頭ぐらい下げるでしょ!?」
 「いいの。」
 「お姉ちゃん。なんで・・・」
 あれはほとんど王女への宣戦布告と取られても仕方のない行動だ。せめてお父様に報告ぐらいすればいいのに・・
 「ミーティア・・。」
 心配するミーティアをよそにセレナはよろよろと立ちあがった。
 「彼女には・・シルフィリア様には私にあんな態度をとるだけの理由があるの。そして、私はあんな態度をとられても仕方がないの。」
 そう囁くセレナの目には僅かながら寂しさと悲しさの目をしていた。



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